(座布団にちょこんと座って)え〜、うちの犬、アンナと申しますがね。この子がまた、抱っこされるときに条件を出すんですよ。『ダッコするならオヤツよこせ』って。いや、冗談じゃない、本当にそうなんです。私が抱っこしようとすると、じ〜っと目を細めてこう言うんです
パパぁ、タダで抱っこされてたまるもんかワン!オヤツ出せワン!
しょうがないからポケットからオヤツをチラッと出すと…アンナの目がキラ〜ンと光る。ところがそこで私は、スッと引っ込めるんですね
なんだワン!?出すなら出す、引っ込めるなら引っ込める!中途半端はいちばんいけないワン!
(少し身を乗り出して)いやいやアンナ、これがいわば『看板のおやつ』ってやつでしてね。古典落語に『看板のピン』という噺がありまして──
昔、賭博場で親分がサイコロの一の目を壺の外に転がして『看板のピンだ』と言って客を集めたという話でして。つまり、客寄せのための『見せ玉』ってわけですな
なるほどワン!つまりパパが見せただけのおやつは、壺の外に転がった『一の目』ワン?
その通り。『客寄せのおやつ』ってわけだな
そんなのズルいワン!…でもワクワクして、パパの手から目が離せないワン!
それが心理学でいう『間欠強化』ってやつだ。出すか出さぬか分からぬから、余計に夢中になるんだ
その様子を見ていたハコとフク。
面白そうニャ。私たちもやってみるニャ
僕もやってみたいニャア
翌日、ハコがサンスの前でおもちゃのネズミを見せびらかします。
サンス、これが『看板のおもちゃ』ニャ。遊んでくれるなら見せてあげるニャ
おお、それは魅力的ッス!ぜひ遊びたいッス!
ハコがおもちゃを隠そうとした瞬間…
ハコ、それ僕のおもちゃニャア!勝手に『看板』にするなニャア!
え?ニャ?バレたニャ…
ハコちゃん、『看板のおもちゃ』は自分の物じゃないとダメワン!パパは本当におやつを持ってるから成功するワン!
なるほど、本物を持ってないと『看板』にならないッスね
そこへママが現れます。
みんな何してるの?
ママ!パパが『看板のおやつ』で私をだましてるワン!でも、ちょっと楽しいワン!
看板のおやつ?
古典落語の現代版でして…
パパ、アンナを期待させるだけじゃかわいそうよ
(ついにオヤツを差し出す)──はい、本命。中のおやつ
やったワン!…あれ?中もオヤツだワン!
中もオヤツだって!
〜おしまい〜