2105年夏。草に埋もれた広島の旧路面電車車庫に、澄んだ朝の光が差し込む。
80年前、2025年のニャンデミック——人類の多くが猫に変異した大災厄の後、この街に残された者たちがいた。
……見えるニャア? レールの向こうに、昔の街が揺らめいてるニャア
また幻覚ニャ? ここに残ってるのは錆びた線路と野良猫だけニャ
幻覚じゃないッス。これは”記憶の残響”ッス。人間たちの願いが、まだこの鉄路に染みついてるッス
だったら走らせようワン! あたしが力仕事を引き受けるワン!
フクの瞳に、かすかに人間だった頃の記憶が宿る。
車庫の裏。かつての部品置き場が緑に覆われ、車軸やパンタグラフが朝日に照らされている。
でも動力がないニャア……猫の力じゃ電車は動かせないニャア……
太陽光発電ならオレに任せるッス。葉っぱで光を集めて、バッテリーに蓄えるッス
じゃあ設計図の解読と配線修理はあたしがやるニャ。人間だった頃、エンジニアだったような気がするニャ
線路の草刈りは得意ワン! 吠えながら走れば、雑草も虫もみんな退散ワン!
それぞれが持つ、かすかな”前世”の記憶が動き始める。
数日後、深夜。車庫の片隅で小さな明かりが灯る。ハコが配線をつなぎ、フクがボロボロの行先板を磨いている。
行先は”祈り”って書いてあるニャ……変わった路線名ニャ
人間だった頃、ある子供が教えてくれたニャア。『この電車は、みんなの祈りを乗せて走るんだ』って。あの子も今は、どこかで猫になってるのかニャア……
……フク、あんたの”人間の記憶”は、そんなに大切ニャ?
うんニャア。猫になったからこそ、忘れちゃいけない何かがある気がするニャア
月明かりが、二匹の影を長く伸ばす。
8月6日、午前4時。整備された線路に、小さな一両編成の”復興電車”が佇む。朝露が車体を濡らし、星がまだ瞬いている。
モーター、準備完了ワン! 震えが止まらないワン!
バッテリー満タンッス。夜明けまで十分持つッス! でも、なぜか葉っぱがざわざわするッス……
フク、車掌帽はちゃんとかぶるニャ。居眠り厳禁ニャ
う、うんニャア……緊張で一睡もできなかったニャア……
始発のベルが、80年ぶりにチリンと鳴る。
——発車するニャア。次は”平和の電停”——
到着は、朝の光が街を包む頃ニャア……
電車がゆっくりと動き出す。車輪が錆を削りながら、確かな音を立てる。
黎明。修復されたパンタグラフが、まだ冷たい空気を切る。レールは軋みながらも電車を支え、街は静かに目覚め始める。
車内点検ニャア! 乗客は……祈りと、記憶と、希望ニャア! あと、朝露に濡れた野良猫が三匹ニャア!
線路沿いに猫たちが並んで手を振ってるニャ。みんな、この瞬間を何十年も待ってたんだニャ……
走るっていいワン……風が、みんなの涙を優しく拭いてくれるワン……
オレは窓辺で光合成ッス。電車もオレも、同じ太陽の力で前に進むッスね……
車内に、かすかに人間たちの歌声が響く——それは記憶か、幻聴か。
平和記念公園電停跡。崩れかけたホームに朝日が差し込む。電車は静かに停車し、フクが深呼吸をして扉を開ける。
みんな、聞こえるニャア? ボクたち、約束通りここまで走らせたニャア……。ここからまた、みんなが前に進めるニャア!
風が吹き、どこからか鳩の羽が舞い落ちる。
……猫が線路を歩かないのは、肉球でレールを汚さないためニャ。だけど今日は特別ニャ。”祈り”を運ぶために、あたしたちは線路を守って走ったニャ
だから胸を張るワン。猫でも、犬でも、植物でも——願いは必ず届くワン!
この朝日が昇り続ける限り、路面電車も、街も、きっとまた動き出すッス
朝の光が、四つの影を優しく包む。
電車の屋根に一羽の鳩が舞い降り、平和の歌を奏でる。その声を合図に、遠くで別の電車のベルが響き、眠っていた街が、ゆっくりと目を覚ます。
……出発進行ニャア! 次は——未来ニャア!
復興電車は再び動き出す。レールを走る音が、かつての平和の鐘と重なり、新しい朝の空へ、希望とともに溶けていく。
車内に残された行先板には、新しい文字が書き加えられていた——
「祈り」の隣に、「つなぐ」と——

なに、この作品?
フクが電車の車掌になりたいといって、動物たちが作ったお話だよ。聞いたことあるような設定だけど、まあいいか。
